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「原水爆禁止宣言」50周年
2007-09-08 Sat 00:00

1957年(昭和32年)9月8日、横浜・三ツ沢の陸上競技場での”若人の祭典”の席上、戸田会長が青年に”遺訓とすべき第一のもの”として語ったものが、のちに「原水爆禁止宣言」とされ、学会の平和運動の原点となっている。



 


戸田先生原水爆 
原水爆禁止宣言 戸田城聖


天竜も諸君らの熱誠にこたえてか、昨日までの嵐はあとかたもなく、天気晴朗のこの日を迎え、学会魂を思う存分に発揮せられた諸君ら、またそれにこたえるこの大観衆の心を、心から喜ばしく思うものであります。
 さて、今日の喜ばしさにひきかえて、今後も、当然、難があるであろう。あるいは、わが身に攻撃を受けることも覚悟のうえであるが、諸君らに今後、遺訓すべき第一のものを、本日は発表いたします。
 前々から申しているように、次の時代は青年によって担われるのである。
広宣流布は、われわれの使命であることは申すまでもない。これは、私たちが絶対にやらなければならぬことであるが、今、世に騒がれている核実験、 原水爆実験にたいする私の態度を、本日、はっきりと声明したいと思うものであります。いやしくも、私の弟子であるならば、私の今日の声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたいと思うのであります。
 それは、核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。それは、もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります。なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利を脅かすものは、これ魔物であり、サタンであり、怪物であります。それをこの人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、私は主張するものであります。
 たとえ、ある国が原子爆弾を用いて世界を征服しようとも、その民族、それを使用したものは悪魔であり、魔物であるという思想を全世界に広めることこそ、全日本青年男女の使命であると信じるものであります。願わくは、今日の体育大会における意気をもって、この私の第一回の声明を全世界に広めてもらいたいことを切望して、今日の訓示にかえる次第であります。


1957年 横浜 三ツ沢競技場


先日、少年少女部のドリームスクールに子ども達を連れて参加した。長崎で被爆し、その酷さ、悲惨さと平和の大切さを、地域内外の小中高等学校へ語り部として活躍されている錦宝会(男性)の方の講演があった。あまりにも悲惨な恐ろしい体験に、少年少女も顔色を変え、保護者共々真剣に聴き入っておりました。小さい頃読んだ ”はだしのゲン” そのまま。身は焼け、すでに息絶えている赤ちゃんに、乳を与えながら彷徨うお母さん、熱い、熱いと水を求め、水を飲んだ直後に亡くなっていく人々。このような話を聴きながら、戸田先生の原水爆禁止宣言を思い出した。本当にこんなもの(原爆)を使用するものは、”魔物であり、サタンであり、怪物であります”まったくその通りである。講演中、子ども達に色々私なりに説明をしながら、”絶対に人が人を殺し合う(戦争、殺人など)ことがあってはならない。お父さんやお母さんが生きている間は、絶対に許さない!させない!君達がこれから世界の大指導者になって、戦争や犯罪のない世界、地球を頼むよ!そのことをしっかり祈ってる”と心に誓う会合であった。


講演された錦宝会石橋様の短歌(一部無断で紹介。ごめんなさい)


被爆せし人人顔や手の皮膚が 垂れ下るのも知らず逃げくる


水水を水を下さい被爆せし 人は末期の水としらずに


ひぶくれし人も牛馬も重なりて 被爆の街の橋脚うめる



原爆時阿鼻(あび)の地獄の太田川 今は沙魚(はぜ)釣る人で賑わう


世界が平和でありますように


合掌

別窓 | 楊梅桃李 | コメント:0 | トラックバック:0
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